今までにも別のブログでマイケルのことは特集したり、何度か投稿したりしてきました。
VIDEO_ROOM ―マイケル・ジャクソン
http://syummit.blog.shinobi.jp/Entry/30/
ツインソウル心と魂の旅 マイケル・ジャクソン
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来月予定されていたイギリスでのコンサート・・・本当のところ、マイケル自身にとってどうだったんでしょう?
唄いたくて企画されたというより、必要に迫られた末での用意されたイベントだったのかも知れないですね。
彼にとって、得られたモノと失ったモノとを天秤にかけたとき・・・そのバランスが本当に取れていたのか・・・
それはきっと、マイケル自身にも判らなくなってしまっていたのかもしれません。
同年代のわたしにとって、
わたしは・・・やっぱり、いまでも・・・「Ben」を唄っていた頃のマイケル・ジャクソンが好きです。
わたしは、全盛期だった頃のマイケル・ジャクソンも好きだけれど・・・
本当にマイケルらしさが現れているのは、下記のような感じの曲なのかもしれない気がしています。
マイケル自身にとっても、いちばん大切にしていて唄いたかった曲は・・・スリラーなどのようなものより、
本当は・・・メッセージと曲に思いを込められたような、そんな曲だったような気がします。
でも・・・立場上、売れる曲を作って・・・それを唄うマイケル・ジャクソンを演出し演じ続けることが、
半ば義務化されてしまっていたのかも知れないですね。去年の5月に小室さんのことを書いたときに、
マイケルと波長が似ていると書いたことがありましたが・・・その小室さんが執行猶予になり・・・
音楽活動を続けていけることになったのは、なんか意味があったのかも知れませんね・・・
子供の頃から、得られるモノと失うモノのバランスの中で生きてきた・・・つまり「正負の法則」ですね。
そんな人生だったのかも知れない。マイケル・ジャクソンという1人の人間の人生も人生観も・・・
耳で聴く・・・というだけの音楽観であったなら、また違うものになっていたのかもしれません。
そして・・・視聴者にとっても、視的感覚の満足感よりも・・・もっともっと、
マイケル自身が元々もっていたであろう心と魂の澄んだ感覚に魅了できたのかも知れません。
先日の辻井さんからも感じさせてもらったことですが・・・その人自身が持つ魅力。そして・・・
その人から発せられる魅力。それから・・・その人にしか出せない魅力って誰にでも、きっとあるんです。
外見的コンプレックスは、自分自身の意識を内側に向けることができれば・・・内面的な魅力の発見と、
その魅力を更に磨き発揮できるチャンスなのかもしれない気がしました。
でも・・・来月予定されていたコンサートが、現実のものになる前に・・・帰らぬ人となってしまったことは
神様のマイケルに対する最後の思いやりのある温かい贈り物だったのかもしれない・・・
なんだか、わたしには・・・そんな気がしました。
とくかく、これで・・・素のマイケル・ジャクソンに戻っていけることだけは・・・紛れも無い事実なのかも・・・
最後に・・・彼にとって、このようなカタチで亡くなってしまったことが不幸ではなかったということだけは
信じたいです。
THE LOST CHILDREN
マイケル自身・・・迷い子ような心境で・・・いつも過ごしていたのかもしれないですね。
心より、ご冥福をお祈りすると共に・・・そして・・・英語は解らないけれど、マイケルの心と魂で感じ取れる
そんな音楽に出合えた事にいまは心から感謝するとともに「ありがとう」の言葉を贈ります。